〈日本−在日−韓国〉ユースフォーラムのホームページ
全部で4話あります。 Part.1 / Part.2 / Part.3 / Part.4
KEYがずっと参加している〈日本−在日−韓国〉ユースフォーラムという日本・在日・韓国の青年ネットワークの行事が、11月2日〜5日にソウルで開催された。今年は「東北アジアの平和−未来構想」というテーマ設定で、例年よりも討論に力点を置いた構成だった。今回、「日米韓同盟と東北アジア」、「核兵器のない東北アジアのために」、「北朝鮮をどう見るか」という3つの分科会があった。私は当初核の分科会に参加しようと思っていたが、「北朝鮮」の中で行なわれる討論会で、在日側の発題者を担ってくれる人がいないという(ちょっと消極的な)理由で、「北朝鮮」に参加した。
今思えば、その偶然の選択で運が良かった。
ご存知の通り、今日本に住んでいれば、毎日テレビや新聞で「北朝鮮」を見聞きする。そのほぼ100%はevil(悪)な姿として。その状況が始まったのは、直接的には2002年日朝首脳会談以降だろうが、もう少しさかのぼれば90年代前半の第一次核問題と98年のテポドン発射騒動からその動きが顕在化してきたのではないか。
いろんな感じ方があるかと思うけど、今の状況に“息苦しさ”を感じている人はここには結構いると思う。私は本当にそう。個人史としてコリアンということで直接的な差別は受けたことはないけれども、今がまさにコリアンとして生きづらいと思う時期。決して北朝鮮に自己を同一化しているわけではない。それを差し引いても、北朝鮮には何を言ってもいい今の日本の状況が息苦しい。
この息苦しさは、もう4年くらい続く。それを跳ね返そうという思いから、2年前KEYで行なった“日朝国交正常化を求める活動”(主に署名活動)は本当に一生懸命やったし、毎年9月17日はどんなに小さくても何かをしなければと駆り立てられる思いがする。
でも今年の北朝鮮政府によるミサイル発射と、核実験実施宣言は、その息苦しさを増幅させるばかり。一体どうしてくれようと?
だから、今回のユースフォーラムの「北朝鮮」分科会の中で、在日側からの発題がなくなろうとしたときに、私はそれを制して、自分で引き受けることにした。
それが一つのきっかけで、ちょっと考えることになった。在日にとって「北朝鮮」ってどういう存在なんだろう?そしてどういう存在として捉えるべきなんだろうかと。
つまり、日本という文脈や、韓国という文脈で北朝鮮を語ることはよく行なわれているけれども、在日という文脈で語るということは、過去の歴史的経緯との関連ではある程度想像がついても、今の東北アジアの安全保障問題の混迷さの中でどう関係設定するのか、日本でもなく韓国でもなく、在日としてどう設定するのか・・考えてみると、あまりイメージできていないことに気づいた。
今の国際関係や各国の政治状況、また歴史的経緯をふまえた「学術的」な発表ができればと思ったが、今回ぼくが発題する討論会での韓国側発表者が、過去ユースフォーラム韓国側委員会の代表を務め、現在国立の研究所の職員として働きながら、東国大学大学院の北朝鮮学科博士課程で勉学中の、私がよく知る友人が担うと聞いた。おそらく彼からそのような詳細な話があるだろうということを想定して、私自身はあまり韓国で知られていないと思われる在日にとっての北朝鮮の捉え方の歴史、それと現時点で在日コリアンとして思う大切な観点について発表しようと思った。
その内容については、討論会の内容について紹介するときに書こうと思う。 さて、ユースフォーラム本番に話を移そう。
11月2日午後にソウル到着、その日は開幕式と記念講演、フィールドワーク別の参加者交流会が行なわれた。会場となったのは、ソウルユースホステル。最近できたこの建物は、かつてKCIA、国家安全企画部(安企部)の庁舎であったことを、会う韓国側参加者の多くが口にしていた。そこには、時代は変わったものだという感慨がきっと含まれていた。
それと初日驚いたのは、お酒が全く準備されていなかったこと。ユースフォーラムは毎晩酒席が開かれるのが「通常」だったが、今回はそれほど討論・話し合いに重点を置いている韓国側委員会の意気込みなのか。もっともユースホステルが飲食禁止という条件もあったが。
翌日11月3日。日本では「文化の日」。ちなみに日本国憲法が公布されたこの日は、日本ではもちろん、ソウルでも平和憲法をテーマとした集会が日韓の市民団体により開催されていた。
3つのフィールドワークが始まったが、北朝鮮FWの最初のプログラムは、講演会だった。コリア研究院のソ・ボヒョク研究員という方が、この間の北朝鮮の動向に対する分析や、北朝鮮政府の政治体制、人民の生活の現況、また韓国や米国・韓国・中国・日本・ロシアという周辺国との関係など、結構いろんな角度からの話をされた。
ここで感じた、というよりも再認識したのは、韓国の学会・運動界において、北朝鮮を正しく知るためにきちんと分析する営みがさかんに行なわれていることの重要さだった。今日本では、「一億総北朝鮮プチ研究家」のような状況になっていて、北については悪いことを言いさえすればそれが正しいことであるかのごとく扱われている。典型的にはMのMんた。現在購読しているT新聞ですら、先日の核実験に対する制裁発動に関する社説で、これでベンツなどの贅沢品が北朝鮮に入らなくなるので、金正日が北の幹部を手なづけていくことも難しくなるといったことが書かれていた。社説にだ。そういえば以前、とあるテレビの討論番組で、首相になる前の安倍晋三が、北朝鮮に大変詳しく専門家でもあるという紹介をされていたことも思い出す。
日本では何の検証もなく語られていることがほとんどだけど、韓国では、先ほども書いたけれども北朝鮮学科という専門学科もいくつかあり、研究者も当然多い。その違いは大きい。日本でも北朝鮮学というものをきちんと定立べきというのがこの間の私の持論だ。
話を聞いてなるほどと思ったのは、私が質問したことに対する返答だったのだが、北朝鮮の政策決定構造に関する分析。今回の核実験については、北朝鮮内部の強硬派、軍部の意向が強く出たのではないかということが言われたりするけれども、実際に北朝鮮の中での強硬派と穏健派というのはどういう感じで存在するのか、また強硬派が存在感を強めているというのは根拠があるのか、それはなぜかという質問を私がした。
それに対するソ先生の答えは、北朝鮮の政治構造を米国や日本、韓国と同じような視覚で見ては誤るというものだった。つまり、米国・日本・韓国といった自由主義圏での政治は、強硬派と穏健派、左派や右派など様々な意見や考えを持つ政治集団がせめぎあう中で政策が決まるが、北朝鮮は基本的にはそうではないと。
政治集団・勢力というよりは、北朝鮮政府内の部署や官僚制に基づく、いわば「縦割行政」が政策決定に色濃く反映されるらしい。たとえば対南政策でいえば、南北間の交渉を進めることを担当する部署と、一方で南からの軍事的脅威に対処する部署(軍であり諜報・工作機関であり)があり、それぞれが自分たちの使命・役割を果たそうと努め、政策案を金正日総書記を中心とした中枢部に進言し、決定が下される。簡略化するとそういう構造だと、話を聞いて私はそう理解した。
それがどこまで正鵠を得ているのかは検証は簡単ではないけれども、確かに北朝鮮の縦割り行政の強さ、部署間で功を奪い合おうとする傾向は、北朝鮮人道支援を行なってきているNGOの人たちからちょくちょく聞いたことがある。ま、この点は日本でも全く同じことが言えるけれども。
いずれにせよ、全てを金正日が決めているとか、実は裏ボスがいるとか、勝手な想像で語られるような話では全くなかった。このような韓国の研究者、学者を日本に招いて何度か連続講演会をすることが面白いのではないかと、講演を聴きながら思った。
(次に続く) |