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8月4日(土)、在日一世ハラボジ・ハルモニとの懇親会が東京都足立区の東京芸術センターにて行われました。東京都足立区にあるセパラムホームのハラボジ・ハルモニとその支援者の方たちとお会いして、ハラボジ・ハルモニの皆さんのお話を伺いました。
こうやって在日一世の方からお話が直接聞けるのは、とても少なくなってしまいました。私自身、その事を実感しています。というのも、私が在日コリアンであるという事を真剣に考え始めたのは高校生になった頃からでしたが、私のハラボジは私が物心ついた時にはもう亡くなっていましたし、ハルモニは私が高校1年生の時に亡くなりました。
ハラボジ・ハルモニは在日一世としてどんな歴史を歩んできたのか・・・また、在日コリアンとして今何を思うのか・・・
そういった事をほとんど話さずに私のハラボジ・ハルモニはこの世を去ってしまいました。私は在日コリアンとしての様々な活動をしていくうちにもっとたくさんの事を知りたいと思うようになり、過去を知ることの重要性を感じるようになりました。私たち三世・四世の世代はもちろん戦争を知らないですし、一世の方たちがどんなにかひどい差別を受けてきたのか、想像することはできても全てを理解することはできません。だからこそ直接話を聞く事によってより身近に感じ、少しでも自分なりの理解を深めるのが必要不可欠だなと思っていました。しかし、一番身近な一世である私のハラボジ・ハルモニはもうこの世にはおらず、そういった話をしないでいてしまった自分にとても後悔していました。ですから、この懇親会の話を聞いた時は心から参加したいと思いました。
しかし私の胸の中は、不安と期待で胸がいっぱいでした。この懇親会に参加するにあたって私は、当然かもしれませんがただ話を聞くだけではなく、ハラボジ・ハルモニと対話をしようと思っていました。それは、語り手にもなる事で、お互いの在日コリアンとしての考えを共有したいと考えたからです。
でも、うまく伝わらなかったらどうしようという不安・・・また、どんな話が聞けるのだろうか?という期待・・・
当日ハラボジ・ハルモニが到着して隣に座っても私はドキドキして立ったり、座ったりしていました。
簡単な自己紹介後、最初は各々で自由に話すという時間だったので近くに座ったハルモニたちと話をしました。次第に深い話になり、今の私たち三世・四世の世代が抱えている問題について問い掛けてみました。帰化問題についてどうとらえるか?祖国をどう考えるか?短い時間の中でじっくり掘り下げて聞けた訳ではありませんが、とても貴重な意見だったと思います。
帰化問題については、『後悔』という言葉が何度も聞かれました。
「帰化をしてしまって、本当に自分自身後悔しないだろうか?」「また将来生まれてくるであろう自分の子供たち、孫たちも後悔しないだろうか?」「今は良くても、時間が経った時に後悔する時が来るだろう。そんな後悔は絶対にしてほしくない!」そんな意見でした。
また祖国という事に関しては、「私たちよりも難民の人の方が辛いだろう。本当は自分が○○人だと言えるのは幸せなんだ。だから、もっと韓国人だという事に自信を持ってほしい!」という話でした。また、その場にいたハラボジ・ハルモニから祖国統一を願う言葉が何度も聞かれ、朝鮮分断を本当に悲しく思っているのが、伝わってきました。
私はハラボジ・ハルモニたちが祖国に、心からプライドと愛を持っている事に、とても強く惹かれました。それと同時に不思議な感覚になりました。確かにとても年の離れた上の世代の人と話しているのですが、同じ世代の人と話しているような、そんな感覚でした。意見を聞いていると共感できる部分がとても多く、在日コリアンとして根本が一緒だと、世代も超える事が出来るのだなと改めて実感しました。
でも、悲しい意見もありました。あるハルモニが、「心を許せるような日本人に出会えた事はほとんどない。」という言葉を口にしました。「日本人は、表では良い事を言っていても、裏では何を言っているのか分からない!裏切られる事が多い。」そんな言葉に、一世の方たちが受けてきた差別と苦労を思わざるを得ませんでした。決していい事ではありませんが、それがハラボジ・ハルモニたちの真実なのかもしれないです。
そういったフリートークの時間はあっという間に過ぎ、一世の方から戦争の話をしていただく事になりました。様々な話が出る中、ある一人のハルモニが東京での大空襲の実体験を語っていた時、私を含めKEYのメンバーの顔が歪みました。
そのハルモニは当時手に怪我をして病院に入院していたそうです。そんな時大空襲がありました。ハルモニは入院していたため難を逃れましたが、家族が巻き込まれ、家族を探しに急いで東京に戻りました。電車で東京に着いた時には辺りは一面焼け野原。そんな中でも一番酷かったのは、今の江東区の亀戸あたりでした。横を見ると、隅田川に流れてくる大勢の人の死体。また足の踏み場を捜して、ようやく歩いていける道。そんな中をなんとか家まで歩きました。しかし家族は亡くなってしまっていて、遺体は見分けられないほど酷い状況でした。周りの人の話から、防空壕にいたというハルモニのアボジは判別できましたが、アボジの遺体は頭が吹き飛んでいたそうです。結局、親族17人が亡くなってしまいました。そんな想像を絶するお話に、私たちは息を呑む事しかできなかったです。
また大震災の時の韓国・朝鮮人の大虐殺の話など、知ってはいてもハラボジ・ハルモニから直接聞くとまた違いました。言葉に重みがありました。とにかく、昔は韓国人だというだけで「にんにく臭い」と馬鹿にされたり、炭鉱でご飯がもらえなかったり、阻害される事が多かったそうです。ただ残念だったのは、言葉の端々から差別というものがあったのだろうという事は想像できても、実際にどんな差別を受けたのかはそれ以上詳しく聞けなかったことです。もうちょっとそういった話も聞ければなと思いました。
いろいろな話がたくさん出ましたが、最後に「今、戦争が無くなって本当に幸せだ、君たちはそれだけで幸せなんだ。」というハラボジ・ハルモニたちの言葉に、深く考えさせられました。確かに、今、この日本に戦争はなく、そういう意味では恵まれているでしょう。でも、私たちの世代も多くの問題を抱えています。一番の問題は自分のアイデンティティーという、普通は当たり前にあるものが、見出すのさえ難しいということです。幸せって一体何なのだろうか?そんなことを漠然と考えていました。
とても有意義な時間を過ごし、またこういう場を持ちましょうと話が出たときに、東京大空襲の話をしてくれたハルモニからぼそっと独り言が聞こえました。「皆こんな嫌な過去なんか思い出したくもないし、話したくもないと思うよ・・・」その言葉が、ハラボジ・ハルモニたちのつらい胸の内を語っているのだろうなと思いました。だから60年以上前の事なのにあれだけ事細かに覚えているんだろうなと感じました。
その時、私はふと亡くなったハルモニの顔を思い出していました。戦中・戦後の苦労した話を聞こうとしても、はぐらかして語ろうとしなかったハルモニ。それは私自身がまだ子供だったという事もあるとは思いますが、ハルモニ自身もこんなつらい気持ちだったんだなと思いました。
けれど私たち、三世・四世の世代は直に一世の方たちと触れ合える最後の世代として一世の方たちの歴史を伝えていかなきゃいけない責任もあります。ですから、これからも一世の方たちの話を聞いていかなくてはなりません。私は一世の方たちの話を真摯に受け止め続ける事で、つらくても話してくれるハラボジ・ハルモニたちに報いたいと思いました。でも、それと同時に私たち今の世代の人たちは、日本人との共生も考えていかなきゃいけません。決して日本人を完全悪とするようなスタンスに立たずにきちんと時代背景から捉え、客観的に伝えないといけません。ハルモニの「日本人に心を許せない・・・」そんな悲しい気持ちではなく、日本人と向き合った歴史の伝え方をするのが私たちの責任だと思います。まだまだ私たちは歩き始めたばかりです。今後も一世の方たちと対話を続け、また自分自身も勉強し、考えを深め、在日コリアンの歴史を伝える担い手となれるよう自分自身を成長させていきたいと思います。
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